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千葉地方裁判所 昭和52年(ワ)211号 判決

原告

秋山千作

ほか一名

被告

秋山正三

主文

一  原告秋山千作の請求を棄却する。

二  被告は、原告有限会社丸千木材に対し、金七万八六〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告秋山千作の負担とする。

四  この判決は、主文第二項に限、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告秋山千作に対し、金四八六一万八四〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

(一) 日時 昭和四八年一一月二八日午後二時頃

(二) 場所 千葉市畑町神場一二九〇番地

T字路交差点

(三) 加害車 小型トラツク

右運転者 被告

(四) 被害車 原告会社所有の普通乗用自動車(習志野三三な六五三)

右運転者 原告秋山

(五) 態様 原告秋山が被害車を運転し本件T字路交差点を直進するため時速約一五キロメートルで進入したとき、被告が加害車を運転し本件T字路交差点で一時停止をせず、これを左折するため時速約四〇ないし五〇キロメートルで進入したため衝突した。

2  (責任原因)

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものである。

また、本件事故は、被害車が進行していた道路の幅員が約五・五メートルで、加害車が進行していた道路の幅員が約四・二メートルで前者の幅員が明らかに広かつたから、被告は加害車を交差点の手前で一時停止させるなどして被害車の進行を妨害してはならなかつたのに、これを怠つた過失により発生したものである。

よつて、被告には、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条により、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  (原告秋山の損害)

(一)(1) 原告秋山は、本件事故により頸肩腕障害(頸腕症候群)の傷害を負い、それに伴い自律神経不安定症とさらに高血圧症を併発した。このため、原告秋山は本件事故日から昭和五〇年一〇月までは就労不能であつたが、同年一一月からは軽作業が可能な程度に回復し、今日に至つている。

(2) 原告秋山は、昭和四八年一一月二八日から昭和五〇年二月一五日までの間に大久保治療院で合計三二四回のはり治療を受け、昭和五〇年三月一日から昭和五一年三月末日までの間に一心堂療院で合計八七回のはり治療を受け、昭和四九年一〇月一九日から昭和五一年八月までの間に合計一三三回の治療を受けた。

(二) 原告秋山は、本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(1) 休業損害 金四〇二〇万四〇〇〇円

原告秋山の昭和四八年度の月収は約金一七四万八〇〇〇円であり、原告秋山は二三か月間就労不能であつた。

174万8000円×23か月=4020万4000円

(2) 治療費 金一〇一万四四〇〇円

大久保治療院 金六二万一五〇〇円

一心堂療院 金二一万九〇〇〇円

吉野医院 金一七万三九〇〇円

(3) 慰謝料 金三〇〇万円

原告秋山は、本件事故により二年間の療養生活を送り、また原告秋山が代表者である原告会社の経営も停止するなどしたため、多大の精神的、肉体的苦痛を受けた。よつて、慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 金四四〇万円

4  (原告会社の損害)

原告会社は、被害車の破損により金七万八六〇〇円の損害を受けた。

よつて、被告に対し、原告秋山は、損害金四八六一万八四〇〇円及びこれに対する本件事故発生日である昭和四八年一一月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告会社は損害金七万八六〇〇円及びこれに対する昭和四八年一一月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、それぞれ支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)ないし(四)は認める。

(二)  同1(五)のうち、原告秋山が被害車を運転し、本件T字路交差点を直進するため交差点に進入した際、加害車と衝突したことは認めるが、その余は否認する。加害車は、本件交差点を右折する予定であり、またその速度も時速五ないし一〇キロメートルであつた。

2  同2は争う。

3(一)  同3(一)は知らない。

仮に、原告秋山にその主張の如き症状が発生したとしても、これと本件事故との因果関係を争う。

(二)  同3(二)は知らない。

仮に、原告秋山がその主張の如き損害を受けたとしても、これと本件事故との因果関係を争う。

4  同4は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  (本件事故の発生)

1  請求原因1(一)ないし(四)は、当事者間に争いがない。

2  原告秋山本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)並びにこれにより、真正に成立したものと認められる甲第五号証(但し、後記措信しない部分を除く。)及び昭和四八年一一月二八日被害車を撮影した写真と認められる甲第六号証の一ないし四並びに被告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件事故発生現場はT字路交差点で直線路の幅員は約五・五メートルで、突当り路の幅員は約四・二メートルでその両側には生垣があつて左右の見通しは悪かつたこと、原告秋山は被害車を運転して公団サツキが丘方面から穴川十字路方面に向け直線路を時速約一五キロメートルで進行して本件交差点に進入したこと、被告は加害車を運転して本件交差点を右折するため突当り路を時速約一五キロメートルで進行し、本件交差点の手前で徐行はしたものの、一時停止し左右の安全を確認することなく本件交差点に進入したため、加害車前部を被害車右側前後のドアに衝突させたことの各事実が認められ、右認定に反する原告秋山及び被告の各供述部分並びに甲第五号証中の記載部分は前顕各証拠に比照して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  (責任原因)

前記一2に認定した事実によると、被告は本件のような場合交差点の手前で一時停止し、左右の安全を確認したうえで交差点に進入すべきであつたにもかかわらず、これを怠つたために本件事故が発生したものと認められるから、被告には過失があつたものというべく従つて民法七〇九条による責任がある。

三  (原告秋山の損害と本件事故との因果関係)

1(一)  原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証の一ないし一二、証人鈴木勝之の証言及びこれにより成立の認められる甲第一号証の一、二、証人津賀俊六の証言及びこれにより成立の認められる甲第二号証の一ないし一四、証人吉野常男の証言及びこれにより成立の認められる甲第三号証の一ないし三、証人飯作吉民の証言、原告秋山本人尋問の結果並びに鑑定人松本秀夫の鑑定の結果によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 原告秋山は、本件事故後自力で被害車を運転して自宅に帰つたものの、首、両肩、腕、肩甲部及び側腹部に痛みを感じたため、同日夕方から夜にかけて、鍼灸師鈴木勝之の往診を求めてはり治療を受け、その後昭和五〇年二月一五日まで同人によるはりを中心としてマツサージをも加えた治療を受けた。

(2) 原告は、本件事故後仕事を休んでいたが、昭和四九年一〇月一九日仕事のため外出したところ、呼吸困難となり、吐き気がし、けいれん状態が全身に強く出てきたため、同日夜吉野常男医師の往診を求めた。原告は、同医師に対し心悸亢進(動悸がすること)、胸内苦悶(胸が苦しいこと)及び四肢の痺れを訴え、不安興奮状態であり、血圧は最高一八六、最低一〇〇で、同医師は原告秋山を高血圧症と診断し鎮静剤を注射した。原告秋山は鎮静剤投与及び安静により血圧も下がり不安興奮状態は消失したが、頸、肩、背部の圧迫痛、右上肢の痺れ感、前額部痛及び右手の振せんが認められ、内服薬を投与されたが、症状が軽快しなかつたため、同年一二月から再び鈴木鍼灸師の治療を受けるようになつた。

(3) 原告は、この間床に伏したままであつたが、昭和五〇年二月ころには症状も軽快し、同年三月初めころからは離床するようになり、またそのころから鈴木鍼灸師の治療を受けることをやめ、飯作吉民鍼灸師の治療を受けるようになつた。原告は、昭和五〇年七月、八月ころには症状も非常に軽快したが、同年九月ころには再び悪化し、昭和五一年八月ころには血圧は最高一三二最低八〇程度になり、頸肩背部圧痛、右手指の振せん、前額部圧迫痛等の症状が残り、自律神経不安定症、高血圧症及び頸腕症候群と診断された。

(4) 原告秋山は、現在手指に軽度の振せんがみられるが、巧緻運動は正常、右上肢に上腕神経叢の圧迫所見があるが頸椎の運動は正常、エツクス線所見で第五頸椎変形及び同部の椎間板狭小化を認めるが、生理的湾曲は正常、CTスキヤンで第五、第六頸椎間に軽度の変形が認められる状態にある。

(二)  証人鈴木勝之の証言によれば、原告は昭和四七年ころ交通事故に遭つてむちうち症になり、首及び肩の痛みのため、昭和四七年から昭和四八年にかけて、週一、二回の割で鈴木勝之の治療を受けていたことが認められ、右認定に反する原告秋山本人の供述部分は措信できない。

(三)  鑑定人松本秀夫は、本件事故と原告秋山の前記1(四)に認定した症状との因果関係について、「原告は受傷直後から診療を受けているので因果関係はある。因果関係の程度は事故発生以来既に九年を経過し、症状の推移の記録不足及び原告の加齢的な変化よりみて鑑定はできない。」旨の鑑定をした。

2  原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証並びに原告秋山(但し、後記措信しない部分を除く。)及び被告各本人尋問の結果によれば、原告秋山と被告とは被告の弟の妻が原告の親戚から嫁いでいたため、互いにかねてから顔見知りであり、また原告会社は昭和四七年から訴外三井鉱山土地建物株式会社から宅地造成をするため千葉県新検見川付近の土地約二万坪の買収を依頼され、その手続を進めていたが、被告も右対象土地の所有者の一人であつたこと、本件事故直後被告は加害車から降りて被害車の所に行き、原告秋山に対し「すみません。怪我は大丈夫ですか。」と何度も尋ねたが、原告秋山は「今後はお互いに気をつけましよう。」と話した程度で両名は別れたこと、その後被告は昭和五一年七月原告秋山からの電話で同人が本件事故によつて負傷したことを初めて聞き知り、その後何度か電話で話し合い、昭和五一年七月二七日被告は原告秋山の要求に応じ、原告秋山が本件事故のために要したまた将来要する治療費を被告が負担する旨の念書を作成して原告秋山に交付したことの各事実が認められ、右認定に反する原告秋山本人の供述部分は前顕証拠に比照して措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上に認定した事実にもとづき検討するに、原告秋山は、本件事故前にも別の交通事故に遭つてその治療のため鈴木勝之の治療を受けていたのであり、本件事故の程度もさほど大きかつたものではない。また原告秋山は被告に対し本件事故による損害賠償を昭和五一年七月になつて初めて請求したのであり、原告秋山が事故後の同人の症状が本件事故に起因するものと考えたならば、何故にこれ程まで遅く右請求をしなかつたのか不自然であり、この点についての当時土地の買収手続を進めていたためその手続に支障を来すことを懸念したとか身体の状態からも請求し得る状況にはなかつたとの同人の説明は必ずしも十分に首肯できるものではない。

また、鑑定人松本秀夫の鑑定の結果は、本件事故と原告秋山の後遺症との因果関係を認めるものではあるが、その根拠としては原告が受傷直後から診療を受けたことをいうのみであるが、先に認定した通り、原告秋山は本件事故前から鈴木勝之の治療を受けていたのであるから、右根拠とするところは全く理由のないものといわねばならず、結局右鑑定の結果は証拠価値に乏しいものといわねばならない。

以上の通りであつて、本件事故と原告秋山の傷害との間に因果関係を認めることはできないから、原告秋山の損害はいずれも本件事故と因果関係のある損害と認めることはできない。

四  (原告会社の損害)

原告秋山本人尋問の結果及びこれによりその主張の如き写真であると認められる甲第六号証の一ないし四並びに前記一2に認定した事実によれば、被害車は本件事故により右側前後のドアを破損され、原告会社はその修理のため金七万八六〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  (結論)

以上によれば、原告秋山の請求には理由がないからこれを棄却し、原告会社の請求には理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 小見山進)

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